非清算商品にかかる証拠金、ISDA SIMMとFRTB SA

(This blog is a Japanese translation of the original Uncleared Margin, ISDA SIMM and FRTB SA).

9月1日は証拠金規制の施行日であるため、このトピックを再訪したいと思う。

バックグラウンド

本件に関する私の直近の記事“米国における非清算取引のための証拠金規制”は2015年10月に投稿されていて、規制の概要とスケジュールについて記載がある。

欧州、オーストラリア、シンガポール他の国々では、規制開始日である2016年9月1日に施行が間に合わないか或いは延期を申し出ている一方で、米国と日本だけがこれを遵守し、施行しようとしている。

保有するデリバティブの想定元本が3兆USドルを超える金融機関間で行われる、9月1日以降のトレードについては、VMとIMがやりとりされる。特にIMについては、標準表を用いる方法、または当局から承認を得た内部モデルで計算されなければならない。

標準表を用いる方法は、ネッティングの効果が制限される総額主体の計算方法であり、所要証拠金額は大きくなるため、採用する金融機関はほとんどない。

当局及び全ての金融機関の関連部署に受け入れられる内部モデルを採用するためのタスクは、担当者のやる気を削いでいる。このためISDAが、適切なモデルとして、標準的なISDA SIMMを提案している。

ほぼ全ての大手金融機関は、担保管理のソリューション・ツールとしてAcadiaSoft社のコラテラル・ハブを採用しているが、こちらは、標準表を用いる方法とISDA SIMMの両方を提供している。

ISDA SIMM とFRTB SA

2015年11月に“なぜISDA SIMMは私の期待を裏切ったのか”と題して記事を投稿しているが、今やその時の驚きはなくなっている。そろそろこのテーマに戻る頃合いかも知れない。

規制の方向は疑いもなく標準的なモデルに向かっていて、あつらえの内部モデルからは遠ざかっている。そしてISDA SIMMはバーゼルの市場リスクにかかる資本規制であるFRTB標準手法に似ている。

2016年6月に Fundamental Review of the Trading Book – 何を理解すべきか”と題して、次に FRTB-内部モデルまたは標準的手法”と題して記事を投稿している。

コンセンサスや当局の是認を得やすい方を選択することが賢明であるが、そのような方法に共通する点は、コストとリスクの両方が削減できるということである。

ISDA SIMMの考え方

ISDAによるISDA SIMM ドキュメントは、基本的な考え方からモデルの内容までを紹介している良い資料だ。以下は抜粋;

基準

ISDAはBCBS‐IOSCOの規制に適うところに照準を合わせた、当初証拠金に対する基準を以下に示す

  • Non-procyclicality:証拠金額は市場のボラティリティの変動による影響を受けない
  • Ease of Replication:同じインプットと取引額であれば、カウンターパーティーが簡単に計算を再現できる
  • Transparency:計算はディスピュートを効果的に解決するために貢献する
  • Quick to Calculate:低コストで短時間での計算・再計算が可能
  • Extensible:業界または当局からの要請による、新たなリスク・ファクターや商品の追加等に関して、拡張性に優れている
  • Predictability:IMについては、プライシングの一貫性を担保し、また参加者がトレードに対するキャピタル・チャージを把握するために予見可能
  • Costs:業界、参加者、当局にとって、合理的な範囲内での運用コストと負荷
  • Governance:業界と当局の間での機能と責任の認識
  • Margin Appropriateness:大きなポートフォリオを持つことがリスクの過大評価にはつながらない。リスク・ファクターの相殺は同じアセット・クラス内で行われる。

強調すべきは、ISDA SIMMは、特定の次元を最適化しようとするものではなく、規制と実務の間で現実的で持続可能な妥協点を見出そうとしている点である。

ISDA SIMMはモデルに使われるパラメーターを1年単位でキャリブレーションして求めることを提案している。それらは“1+3”ヒストリカル期間、すなわちストレス期間(おそらく2008年)として1年、直近3年を使うことで計算されるはずだ。ISDA SIMMはストレス期間におけるボラティリティの上昇に伴う証拠金額が増加する、いわゆるプロ・シクリカルな方法を採用していない。プロ・シクリカルは市場全体の健全性にとっては効果的であるが、個々の契約においては証拠金のカバレッジに係るコストを増大させることになる。どちらかを選択するしかない(フリーランチはない)。

データの必要性、すなわちコストとメンテナンスは、ISDAの証拠金規制に関するワーキンググループ(ISDA WGMR)にとって主要な関心事だ。唯一のキャリブレーション・エージェントすなわちISDAがヒストリカルの時系列データにアクセスする必要があり、それらは、参加者が利用するウェイト、ボラティリティ、そして相関を計算するために使われる。これによって、ヒストリカル・データのシミュレーションのために必要となるデータ・ライセンス料の負担を避けることができる。当然ながら、このヒストリカル・データにかかるコストよりもSIMMのライセンス料の方が小さくなれば、経済的に合理的になる。

ISDA SIMMはFRTBの標準手法のように、連続するネステッド分散・共分散行列を利用して証拠金を計算している。このため全てのリスク・ファクターをカバーすべく単独の巨大な分散・共分散行列(RiskMetricsはこのやり方だが)を必要としない。前述のISDAドキュメントには、ネステッドによる数式の正当性についての記載がある。

ところで私はこの二つの方法の若干の相違について見て行きたい。

ISDA SIMMとFRTB SAの違い

まずはFRTB SAについての概要から見て行くことにする。

FRT-SA-JP

いくつかの相違点のハイライト:

  1. ISDA SIMMは、デルタ、ベガ、及び非線形リスクについて同様の感応度ベースを採用しているにもかかわらず、デフォルト・リスク・チャージと残存リスクに係るアドオンを必要としない。
  2. ISDA SIMMには6つのリスク・クラスがあるが、一方FRTBには5つである。この違いは、クレジット・スプレッド・リスク・クラスを、ISDA SIMMはクオリファイとノン・クオリファイの2つに分解しているからだ。
  3. ISDA SIMMは4つのプロダクト・クラス(金利・為替の統合、クレジット、株式、商品)を採用している。各トレードは単一のクラス内のみにおいて、リスク成分の計算が行われる。そして、6つのリスク・クラス毎に定められた相関を使って各プロクトの証拠金額を算出し、それらを合計したものが証拠金総額となる。

最後のものは、些細ではあるが重要だ。と言うのも、ISDA SIMMでは、CDSは金利リスクと信用リスクを内包するが、これらのリスクは、金利スワップにかかる金利リスク・クラスとは分離されて保存される。つまり、リスク・クラスにおいて、プロダクト・クラスをまたぐ相殺については認識さない。このため、CDSの金利に関するDV01は、金利スワップのDV01とは相殺されないことになる。これは、米国の最終案に沿った結果FRTBとは異なっているのだと思われる。

その他の違い

  • モデルの目的に資本チャージ額と証拠金計算という違いがあるため、キャリブレーションによって算出されるウェイトや相関係数に違いが出る
  • バケットやノードに違いがある。例えば、ISDA SIMMには2週間や1ヵ月のバケットが追加されている
  • ベガ・非線形リスクについては微小なあるいは微妙な違いがある。但し、これについては、それぞれの算出式の比較・検討なしに何かを言うことは難しいため、このような難解な問題の詳細に興味のある読者に任せることにしたい
  • FRTB SA には3つの異なるリスク・チャージに関するコンセプトがある。すなわち、低・中・高相関を規定していて、その中から最もチャージが高くなるものを選択しなければならない。
  • ISDA SIMMは、集中リスク・ファクターと閾値を利用した、集中リスクのためのモデルを持っている。但しこれらは2016年9月1日まで利用できない。

違いについてくどくどと話すのが目的ではないので、ここら辺でやめにしたい。但し、違いが存在するとうことと、これは月並みの表現だが、悪魔は細部に宿るということは指摘しておきたい。

ISDA SIMMの感応度ベースはFRTB SAのそれとは異なる点はあるものの、事実はISDA SIMMとFRTB SAにはもっと多くの類似点があるのだ。

そして多くの相違点は、規制や資本チャージに対する要請と、証拠金チャージに対するものの違いに由来するものだ。

サマリー

2016年9月1日は、非清算取引に係る証拠金規制の施行日だ

米国と日本はこの規制を当日に、世界で初めて開始する。

9月1日以降相対で行われる店頭デリバティブ取引は、当該規制にかかることになる

標準表を用いる方法は、より大きな当初証拠金額を要する

ありがたいことに、ISDAは規制に適合するかたちで、内部モデルの一案としてISDA SIMMを開発した。

ISDA SIMMはFRTB SAに非常に類似している

それらには、いくつかの必要不可欠な違いと微妙な違いがある

今までは、より多くの商品が清算集中にという流れだったが

9月1日からは、非清算集中商品に注目はシフトする

この流れは主流なのだろうか

時間が経てば判るだろう

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